未来の自分という「他人」から見て恥ずかしくない行動が今できているのか~未来の自分のキャラ設定~

人生ゲーム

昨日、こんな内容の記事を書きました↓

すごく端的に言うと、8年前の自分の支出を酷評しています。

そして、これを書いた後にふと思ったことがあります。

それは、

今の私が8年前の私に対してやっていることと同じ事を今度は8年後の私にやられる可能性があるのではないか

ということです。

8年前の自分を批評している時には、あたかも自分が被告人に刑を言い渡す裁判官にでもなったかのような気分になっていました。

自分こそが判断権者であって、安全な領域にいる、という感覚です。

しかし、よくよく考えると、今後は自分が批評される番になる可能性がある、と思うのです。

ということは安全な領域にいるわけでもなんでもないんですよね。

むしろ、今後批評されまくる可能性があります。

2021年3月11日には10年前の東日本大震災を意識した以下のようなポジティブな内容で、10年後の私自身について「なんか頑張れそうだな、これから頑張ろう」とぼんやりと考えていました。

しかし、このように、ポジティブに考えるのも良いですが、

むしろネガティブに、

「下手なことをすると、未来の私に酷評されてしまうのではないか」

という1種の恐怖の感情があった方が身が引き締まる気がします。

このような形で、時間軸の異なる自分自身をあたかも他人のように考えるという感覚は地味に大事だと思っています。

以前にも、先送り癖を直すためにも、明日の自分=赤の他人と考えた方が良いかもしれないと語っています↓

これをみて、

「実際のところ、昨日と今日では違うと言っても大差ないでしょう???」

という感覚になっている人もいると思います。

しかし、確かに一日単位ではそうだとは思うものの、これが8年後とか10年後だったらどうでしょう?

今日の自分と、8年後の自分、10年後の自分はそれぞれかなり異なる人間である可能性があります。

しかも、その大差は昨日と今日の違いというレベルのほんの少しの微差が積み重なったから生じているのです。

この微差が積み上げられた大差というのは時間が過ぎれば過ぎるほどものすごい差となってくると思われます。

上では、10年後のことを書いていますが、80年後になっているとかなり変わっているでしょう。

因みに、2021年から80年後はもう22世紀になっています。

ところで、自分自身の行動を制御するための方法論として古くから「恥」の概念があります。

これは、自分だけでは人間は自身の行動を制御できないので、他人に監視してもらおうというシステムです。

西洋では、悪い行いをしようとする子供を制御するため、

「悪いことをするのは神様が見ていますよ」

といったりします。

日本でも、

誰もいなくても、お天道様が見ている」

という表現があったりします。

そして、おおよその人は、職場にいるときの人格と家庭にいるときの人格が異なっていたりするように、他人からの監視の目があるかどうかで自分の行動を変えることが多いです。

これは外に出ることで、他人から自分の行動が見られてしまっているという意識が生じるため、それを意識した行動をせざるを得ないわけです。

これは、いわゆる世間体という感覚も関係してくると思われます。

世間体を考えると、こんな行動はできない、という思考ですね。

このような意識が強い人は外面はかなり良くなります。

しかし、逆に言えば、神様などを信じないという感覚がある人は、誰からの監視の目もないと思ってしまうと、プライベートな場面では好き勝手な行動をしてしまいがちです。

しかし、それでも、自分自身だけは記憶がある限り、過去の時点において自分が何をしていたかは思い出せるのです。

そして、そのような未来の自分自身という特別な「他人」を意識することができれば、神様も世間体も必要なくして、自分自身の行動をある程度制御できるようになるのではないでしょうか??

上の表現で言えば、

「誰もいなくても、未来の自分が見ている」

ということになります。

そして、ここからが重要なのですが、未来の自分自身という特別な「他人」からの監視の目を気にするということは、

そのような「他人」がどのような価値観を持ち、どのような判断基準を持つ人物なのかを知る必要があります。

しかし、当然ですが、未来の自分自身という「他人」は厳密に言えば、現時点ではまだ存在していないのです。

現時点ではまだ存在しない人物のことを思わなくてはいけないというのが地味に大変です。

そもそも一体どういう人間なんだという話ですよね。

すなわち、現時点において、ゲームで言うところの未来の自分自身という「他人」のキャラ設定をしなくてはいけないのです。

つまり、ゲームを創るように、自分で、未来の自分自身というキャラクターの原案を創る必要があるんですね。

その人物はどんなステータスを持っていて、どんな価値観を持っていて、どんな判断基準を持っていて、どんな思考の癖を持っているのか、

ということを決めなくてはいけません。

これを決める作業は固い表現では「目標設定」といわれます。

しかし、目標設定というと、「来年までに3キロ痩せるぞ!」というありきたりなものになってしまい、だいたいまともに行動が伴わないため失敗します。

むしろ、自分で未来の自分自身という「他人」のキャラ設定をする、すなわちbeing目標を設定すると考えた方が現時点で意識するべき事、行動すべき事がはっきりしやすいのではないでしょうか??

その上で、未来の自分自身という「他人」から今の自分が監視されている、批評されてしまう、と考えた方がより良い行動を導きやすいのではないか、と思います。

そのためにも、未来の自分ってどんな人間なんだろうか、とぼんやりと考えてみることは重要ではないかなと考えています。

美紀のプロフィール
夢見がちな社会不適合者
mikimiki

社会人3年目。都心住まいの独身女性。

社会不適合者。
不登校になり片っ端から出席点を落としまくる。
高校生の頃は家出経験も。
社会人になったら労働しなければいけないと気づき恐怖する。
経済的自由のため、初年俸1000万円overの企業に入社し社畜化。
生活費年100万円、手取り月収貯蓄率90%overを一時期達成。
2020年7月金融資産2000万円を達成。
2021年4月金融資産3000万円を達成。

普段は個別の人の状況に応じたコンサルティングを1時間につき11万円(税込)で請け負っています。

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INTJ型20代女性「美紀」が経済的自由を目指すブログ/Blog of an INTJ-type woman in her 20s, Miki, aiming for financial freedom.

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