最近、
「高齢者の定義を70歳まで引き上げるのはどうか?」
といった話が徐々に出てきており、
「これは、要は、年金受給開始年齢を上げる気では?」
といった疑問・疑惑を市民から持たれています。
個人的には、この手の話に対しては、
そもそも「高齢者」という年齢による峻別・カテゴライズって本当に必要があるのでしょうか?
と感じます。
高齢者の定義やその必要性についての議論は、社会の高齢化とともにますます重要になっています。
現在、一般的に高齢者とされる65歳以上の人々を一括りにすることに対する疑問や、定義を70歳以上に引き上げようという議論が活発になっています。
この議論の背景には、医学の進歩や生活環境の向上により、平均寿命が延び、多くの高齢者が元気で活動的であることが挙げられます。
高齢者の定義変更の議論の背景
- 平均寿命の延伸:
- 医学の進歩や生活水準の向上により、平均寿命が伸び、多くの人が70歳を超えても元気に活動しています。このため、65歳を高齢者とする従来の定義が現実に合わなくなってきているという指摘があります。
- 社会参加の重要性:
- 高齢者が社会参加を続けることは、本人の健康維持や生きがいだけでなく、社会全体にとっても重要です。70歳以上でも働ける人が多く、その能力を社会に生かすべきだという主張が増えています。
- 個人差の拡大:
- 年齢に基づいた一律のカテゴリーでは、個人の健康状態や能力の多様性を反映できません。高齢者の中には70歳を超えても健康で活動的な人もいれば、同じ年齢で要介護状態にある人もいます。70歳を超えても年収が高い人も入れば、年金を受給しているのにもかかわらず生活保護を受給している貧困状態の人もいます。
高齢者概念の必要性に対する疑問
- 一律な定義の限界:
- 高齢者という一括りの概念は、個人の健康状態や能力の多様性を無視しがちです。「高齢者」という言葉自体が、元気な高齢者に対しては適切でないレッテルとなる可能性があります。一般的には「高齢者」という言葉のイメージとして「もう働けない人」「社会からの保護を受けるべき人」というものがありますが、個々人を見ると、このようなイメージにそぐわない状況の人もいます。
- 新しいカテゴリーの提案:
- 例えば、社会を支える側の人として「まだ働くことができる人」と社会から支えられる側の人である「もう働けない人」というカテゴリー分けは、個々の健康状態や能力をより正確に反映するものです。例えば、働くだけの能力を失ってしまった高齢者と障害を持つ人を一緒の区分にする「健常者」と「非健常者」といった分類も、単なる年齢ではなく実際の能力に基づいて社会資源を配分するのに役立つ指針となる可能性があります。
健常者と非健常者のカテゴリーについて
- 個人の多様性を尊重:
- 年齢に関係なく、個人の健康状態や能力を基準にしたカテゴリー分けは、個人の多様性を尊重するものです。これにより、元気な高齢者が社会参加しやすくなり、逆に支援が必要な人には適切なケアが提供されやすくなります。
- 公平な資源配分:
- 年齢ではなく、実際の健康状態や働く能力に基づいて社会資源を配分することで、より公平な支援が可能になります。これにより、本当に支援が必要な人に資源を集中することができます。支援の方向性も障害を持つ人と高齢者という独立した区分ではなく、およそ「社会から支えられる側の人」を意味するニュアンスの言葉を創設すれば、その扱いに不当な差別が生じにくくなる可能性があります。
- 社会の持続可能性:
- 高齢化が進む社会において、働ける高齢者が働き続けることは、社会全体の持続可能性に寄与します。彼らの経験や知識を生かすことで、経済的な活力を維持することができます。
まとめ
高齢者の定義を見直す議論は、現代社会の実態に即した重要な問題です。
「高齢者」という一律なカテゴリーでは、個人の多様性や社会のニーズに対応しきれない部分があり、年齢ではなく健康状態や働く能力を基準にした新しいカテゴリー分けが求められています。
これにより、元気な高齢者の社会参加を促進し、支援が必要な人には適切なケアを提供することで、より公平で持続可能な社会を実現できるでしょう。