誰しも一度は「この人のようになりたい」と思う存在に出会うことがあります。その人の考え方、生き方、仕事の進め方、人との接し方。どれも洗練されていて、自分もそんなふうに生きられたらどんなにいいだろうと感じる。ですが、そうした「憧れ」の中には、見習うべき部分と、そうでない部分が混在しています。
コンピュータの比喩を借りるなら、「OS(オペレーティングシステム)」と「アプリケーションソフト」の関係に似ています。OSとは、その人の思考の基盤、世界の捉え方、価値判断の軸のこと。一方でアプリとは、その人が日々実行している具体的な行動、使っている道具、表現のスタイル、ライフスタイルなどです。
このふたつを区別せずに全てを模倣しようとすると、かえって自分自身が壊れてしまうことがあります。大切なのは、「OSだけを学び、アプリは自分仕様でよい」と割り切ること。その具体例と、そこから導かれる人生の教訓について考えていきます。
思考様式は学ぶべき「OS」
憧れの人物に共通しているのは、特有の「思考OS」を持っているという点です。論理を大切にする人、直感を信じる人、構造から世界を捉える人、まず行動してから考える人など、OSは人によって異なります。
たとえば、ある経営者が「常に未来から逆算して今を判断する」という考え方を持っていたとします。このOSは非常に有益で、どの分野においても応用可能です。あるいは、別の人が「一貫性よりも柔軟性を優先する」といった思考を持っているならば、その発想を取り入れることで、自分の行動の幅が広がるかもしれません。
思考様式というOSは、どんな環境でも再現可能であり、時間を経ても古びません。だからこそ、そこにこそ学ぶ価値があります。
ライフスタイルや道具は「アプリ」
一方で、その人物が使用しているツールや習慣、日課、服装、交友関係などは、あくまでもその人自身の環境や個性に最適化された「アプリ」に過ぎません。
たとえば、ある著名な起業家が毎朝4時に起きて1時間瞑想をし、野菜スムージーを飲んでからメールチェックをするというルーティンを持っていたとします。その一部始終を真似すれば成功できるのではないか、と感じてしまう人もいるでしょう。しかし、そのルーティンが有効なのは、彼の身体的リズムや家庭環境、会社のスケジュールと噛み合っているからに過ぎません。
OSとアプリを混同し、「あの人がそうしているから」と安易に真似すると、自分には合わない生活習慣を無理に取り入れてストレスを抱え、長続きしないばかりか、自信を失う原因にもなりかねません。
アプリを模倣して失敗した事例
想像してみましょう。ある20代の男性が尊敬している経営者の真似をして、スーツの仕立て屋や使っている万年筆、果ては腕時計のブランドまで揃えようとしました。しかし彼はまだ新入社員で、それらは明らかに身分不相応な出費でした。
彼の意図は純粋でした。「尊敬する人に近づきたい」という想いからの行動です。しかしその真似は、結果的に経済的な無理を招き、周囲からは「見栄を張っている」と誤解され、孤立する結果を招いてしまいました。彼はOSではなくアプリを優先してしまったのです。
自分の「身体」に最適化されたアプリをつくる
OSは「思考の骨格」です。一方、アプリは「思考の衣服」です。骨格は他者の影響を受けて強化すればよいのですが、衣服は身体に合わせて仕立て直す必要があります。
たとえば、「逆算思考」は汎用性の高いOSです。そこから自分なりに「手帳に未来の理想状態を書き出す」「1日1ページ振り返る」など、自分に合った方法を見つけることで、自分にフィットしたアプリが生まれます。
このようにして「OSから着想を得て、自分だけのアプリを構築する」ことが、模倣から脱し、独自性へと至る第一歩となるのです。
憧れは「素材」であり「完成形」ではない
誰かに憧れるということは、自分の未来像を借りている状態とも言えます。しかしそれは、あくまで素材のひとつ。決してその人の人生をそのまま再現することが目的ではありません。
たとえるなら、憧れの人の生き方は「設計図」であり、自分はそこからインスピレーションを得て「別の建物」をつくる建築家のようなものです。設計図通りに全てを再現しようとすると、地盤の違い、日照条件、気候などによって、むしろ住みにくい家になってしまう。大切なのは、自分の土地に適した設計に変換していく力です。
「OSは学び、アプリは設計する」という人生の教訓
このように考えると、「OSを学び、アプリは自分で設計する」という考え方は、模倣から脱却し、自己形成へと進むための重要な指針であるといえます。
憧れはスタート地点にすぎません。その人になろうとするのではなく、その人のように「思考し」「判断し」「創造する」ことができる力を身につけること。そうすれば、アプリは自然と自分仕様に進化していきます。
他人の真似では限界がありますが、自分のためにカスタマイズされた人生には、唯一無二の強さが宿ります。
誰かの思考様式を敬意を持って受け入れながらも、外見や道具、ライフスタイルには無理に寄せない。そうしたバランス感覚こそが、成熟した生き方なのかもしれません。