ブログや日記などをずっと書き続けていると、
人は常に成長を求める生き物
であるとひしひしと感じます。
というのも、
ブログや日記を特に毎日書いている場合、
毎日何かを書いているという作業そのものによって、自分の人生のわずかながらの進展を感じられるのです。
毎日ブログや日記を書いている人というのは、
毎日何か思索にふけっていたり、
毎日何かに挑戦していたり、
毎日何らかの試行錯誤を続けている場合が多いです。
むしろ、上記のような行為を常に当たり前のように行っているからこそ毎日ブログや日記を継続できるという側面があります。
そして、私の場合は
ブログを書いている間に自分の中で認識が発展した
と感じることもあります。
頭の中で自然と物事を整理しながら文章を書くわけですので、文章を書く前には全く考えてもいなかったことにまで認識が発展することもあるのです。
このような実感があるため、
私の中では
ブログや日記の更新活動=自己研鑽の活動
という位置づけになりつつあります。
ブログの更新をいうとどうしても
「広告収入が欲しい……」
とか
「もっとPV数が増えてほしい……」
とか
「もっとイイネ!を押してほしい……」
と考えがちで、
このような数字の増減によってモチベーションが左右されてしまう人がかなり多いようです。
しかし、このようなモチベーションというのはいわゆる
外発的動機
と呼ばれるものであって、
他者からもらえる報酬を動機付けにしているため、
他人からの承認を始めとする報酬が得られなかった瞬間にどうしても萎えてしまいがちです。
ブログを書き始めても一か月程度で萎えてしまう人というのはこの外発的動機付けのフェーズにいるため、
それがなくなった瞬間に
「あ。もうブログはいいや」
と感じてしまいやすく
これが挫折経験につながります。
しかし、このような外発的動機づけのフェーズから内発的動機づけのフェーズに移行すると
ブログの更新作業そのものを楽しめるようになるため
純粋に心の奥底から
このブログを続けていこう
という気持ちになりやすいです。
もちろん、内発的動機づけのフェーズと言っても、外発的動機づけの重要性が著しく下がるわけではないのですが、
内発的動機づけのフェーズに移行した人というのはブログの継続をする自分なりの意義を腑に落ちた状態にできているため、
継続しない理由がどんどんなくなっていくのです。
このような内発的動機づけのフェーズに移行するとブログに限らずどのような物事も継続しやすくなるため、このようなフェーズを目指すことが良いでしょう。
私の中では既に
ブログや日記の更新活動=自己研鑽の活動
となっているため、ブログを継続しない理由がどんどんなくなりつつあります。
これは、ブログの更新が自分にとって単なる文章の羅列ではなく徐々に
「自分史の編纂活動」
にもなっているからですね。
「自分史」の編纂活動は個人ができる最大の資産形成ともいえるでしょう。
そして、
ブログや日記の更新活動=自己研鑽の活動
という位置づけとなっている場合、
ブログや日記の更新によって自己研鑽活動を内容とする「自分史」が徐々に立ち上がってくるのです。
ところで、
「自分史」
というのはよく高齢者向けの活動として
「自分の人生を振り返ってみましょう!」
という趣旨で、書籍等が発売されたり推奨されているのを見かけたりします。
しかし、多くの人は後から振り返っても記憶が曖昧過ぎて、
就職
結婚
転職
出産
定年
などのような人生の一大イベントといった世間一般に言われるようなわかりやすい節目しか思い出すことができません。
特定の日に私は何を行っていたのか?ということを後から思い出すためには
記憶に頼らず記録に頼る必要が出てきます。
「自分史」に入るような情報は、パーソナルデータともいえそうですが、
ブログや日記を更新することによってこのようなパーソナルデータを日々蓄積することが可能になるわけです。
ブログや日記の更新活動=自己研鑽の活動
となっていると
そのまま毎日を自己研鑽という趣味を行っている状態と同じようになります。
人は常に成長を求める生き物
でもあるため、
例えば、このような形で
自己研鑽を続けるという趣味
を取り入れると人生の満足度は大幅に上がることでしょう。
ブログなどの場合は最初は
「これ続けていて意味あるのかな?」
と感じてしまう瞬間がたくさんあるかもしれません。
しかし、ある時から、
続けていてよかった!
と感じる時が来るようになるでしょう。
投資と同じく、最初はあまりに動きがなくて成長が実感できなくとも、その効果は徐々に複利のように効いてくるのです。