年収は高い方が良さそう、
とか
売上は高い方が良さそう、
といったことは多くの人が一度は考えることでしょう。
「売上はすべてを癒す」
という言葉があるくらいですし、
貯蓄をする場合にも、高収入の人は圧倒的に有利な立場となるでしょう。
しかし、実際には、年収や売上の数字そのものを追いかけ続けるだけでは長期的に見るとジリ貧になる可能性があるのです。
むしろ、重要視するべきは、その生産性、すなわち、
時間単価
や
客単価
といった概念になることでしょう。
- 時間単価の重要性: 高年収であっても、労働時間が長すぎる場合、仕事とプライベートのバランスが崩れる可能性があります。過労やストレスは身体的・精神的な健康に悪影響を及ぼすことがあり、生産性やクオリティの低下にもつながる可能性があります。そのため、単に年収だけでなく、労働時間に対する報酬の割合を考慮し、時間単価を高めることが重要です。
- 客単価の重要性: 売上高が高くても、客単価が低すぎる場合、経営の持続可能性に問題が生じる可能性があります。低単価の顧客に依存しすぎると、利益率が低下し、成長や投資の余地が制限されることがあります。そのため、顧客の付加価値を高め、客単価を向上させる取り組みが重要です。これには、製品やサービスの品質向上、付加価値の提供、顧客のロイヤルティの構築などが含まれます。高単価の顧客を獲得・維持することで、収益性と成長性を向上させることができます。
以上のように、単純に年収や売上高だけに注目するのではなく、時間単価と客単価の重要性を認識することが重要です。
適正な労働時間と報酬のバランスを保ちながら、時間単価を高めることで働き方の質を向上させ、経済的な安定や生活の充実を図ることができます。
また、顧客の付加価値を高め、客単価を向上させることで、事業の持続的な成長と競争力を確保することができます。
例えば、配当金生活をしている人の場合、労働時間をさほど投入しなくとも一定の金額が懐に入ってくるため、その時間単価は極めて高いです。
この時間単価や客単価ですが、個人的には年収そのものの数字や売上や利益といった数字そのものよりも実際にはなかなか見られていない、分析されていない視点だと考えています。
何故ならば、
単位時間あたりにどの程度儲けているのか
という視点がここにおいては重要になるのにもかかわらず、
そもそも、自分が何時間かけてどのぐらい実際に儲けているのかが正直よくわからない
といった状態に陥っている人がたくさんいるからです。
これは、
「なんか知らないけど、太っている気がする」
「なんか知らないけど、貯金貯まっていない気がする」
という人たちと似たような状況です。
ダイエットをしたいのに、体重計がないので、レコーディングダイエットができなかったり、
「貯蓄をしたいのに、家計簿などを導入していないので、どの程度収入があってどの程度支出しているのかが正直わからない。何故金が貯まらないのか。」
という状態と似ています。
体重計や家計簿などは最近は非常に優秀な機器が出てきています。
しかし、
自分が何にどのぐらい時間を使っているのか
ということについては、まだ気が利く物が出ていないため、
なかなかその計測が困難であるという現実があります。
それゆえに、
時間単価
という言葉の重要性を認識しつつも、
「そもそも、なかなか分析することができない」
という人が多いのだろうと考えられます。
これについては、例えば、入退出管理によって「その部屋にどのぐらい時間いたか」という情報が間接的にわかるものも最近は出てきていますし、ストップウォッチなども使いながらうまい具合に工夫しながら時間につき分析を試みることになるでしょう。
例えば、私のように、
一時間●万円~
といった形で料金設定している場合は、
時間単価について非常に分析しやすい立場にあるのですが、
月●万円~
といった形でクライアントに対して請求している人の場合は、
実際にどの程度その月に時間を費やしたのか、という視点で改めてじっくりと分析を試みないと実際のところ儲かっているのかわからないのですね。
以上のように、
時間単価、客単価という概念は年収や売上といった概念よりも非常に重要です。
年収や売上が高くても労働時間が長すぎて時間単価が低い人の場合、高年収や高売上の数字を見ると、一見すごそうに見えますが、自らの寿命を差し出している分、帳簿に現れないだけで実際には時間単価が低すぎて実質的には大赤字になっている場合もあったりします。
時間貧乏になると、変化に対応する力も急激に弱くなるため、たとえ優秀な人であっても時代の流れに早晩追いつけなくなるのですね。
「今の時間単価で大丈夫か?」
「今の客単価で大丈夫か?」
という視点は常に持っておきましょう。