生きていると色んな嫌なことがたくさんあると思います。
もちろん、嫌なことを避けることができればよいのですが、
しかし、そのような事態は残念ながら稀に訪れてしまいます。
そのような事態が実際に訪れてしまうと、私たちはショックを受け、
「もう一巻の終わりだ」
とか
「このまま右肩下がりのままなんじゃないか」
とか
「もう浮上できないんじゃないか」
などと思ってしまいますよね。
最近は株式もその株価がだんだん下がってきているということもあってこのままどんどん下がっていったままになってしまうんじゃないかと感じている人がいると思います。
私の場合はそこまで今のところ株価のことを気にしておらず、愚直にもインデックス投資で積み立て続けているだけなので大した問題では無いのですが、、、、
私に限らずほとんどの人にとっても、正直、株価の下落よりもその心に影響を与えるのはやはり人間関係にまつわることなのではないかと思います。
具体的には、
配偶者に突然離婚を突きつけられた
とか
恋人にいきなり振られた
とか
友達にいきなり絶交宣言をされた
だとか、
自分の親しい人がいきなり亡くなってしまった
とか
勤め先から突然リストラされてしまった
ということがあると思います。
上記に挙げた事項はおそらく突然訪れると株価の値下がりよりも遥かに心理的ショックがあります。
これらの出来事は、今まで当たり前だと思っていた人間関係が予告なくいきなり遮断されてしまうことから私たちに大きなショックをもたらします。
株価の場合は単に証券口座の数字が減るだけなので嫌な気分にはなってしまうかもしれませんが、しかしながら、そこまでショックを受けないかもしれません。
(もし、あなたが株式の下落によってかなり精神的に来ているのであれば、おそらくリスク許容度を誤って見積もっている可能性がありますので、まずはそれを見直すことをおススメします。)
投資していた株式の発行体である企業が倒産し、株式がただの紙切れと化したのと同じ位のインパクトがなければこのような人間関係面の突然の遮断のインパクトには勝てないでしょう。
離婚等も、離婚を突き付ける側は何年も前からずっとそれを考えているはずなので、あまりショックを受けないのですが、まさか離婚をされるとは思っていなかった側としてはどうしようもないショックを受けると思います。
友達から絶交されてしまう場合も、
「このぐらいだったら友達にしたところで大丈夫だろう」
とか
「許してもらえるだろう」
そんなことを長年考えていて油断していた頃に相手から絶交宣言をされることもあり得ると思います。
このように予告なく何かが失われてしまうというのは私たちに大きなショックを与えるようです。
そして大きなストレスを一気に受けて精神的に落ち込んでしまうという人も多いでしょう。
まるで世界が一瞬終わってしまったかのような絶望的な感触を受ける人も多いはずです。
しかし例えば自分が亡くなってしまったとしてもこの世界は何事もなく続いてしまうという話と同じように、そのようにショッキングな出来事が起きたとしても私たちはなんだかんだで人生を続けることになります。
さらに、人間関係の場合は完全に人間関係が遮断されてしまったとしても、それを契機にしてより良い人との関わりを持ち、自分にふさわしい人間関係を新規に構築するということが可能になる場合もあります。
例えば現行制度上では配偶者は1人しか持てないのですが、そのような人が配偶者と離婚をした場合、新しい人と婚姻関係になることが可能になります。
また、最近はダブルワークなども流行っているようですが、しかしながら、多くの人にとって自分が働く勤め先は1つのはずです。
そのような人がその勤め先を退職した場合、その勤め先とは全く別の勤め先との縁に恵まれる可能性もあるわけです。
今ブラック企業に勤めていて辛い思いをしている人の場合にはもういっそのことそんなブラック企業を退職してしまって、休養をしっかりとってから改めて新しい勤め先を探すというのも時には必要かもしれません。
そもそも、自分や相手が何かしら変化したときには同時に彼らを取り巻く人間関係には変化が生じてしまい、その人間関係が破壊されてしまったり遮断されてしまったりということがあったりします。
おおよそそういった場合、上記のことが起こりやすいので、離婚によるショックだとか、失恋したときのショックとか、リストラされたときのショックとか、友達に絶交宣言されたときのショックだとかによって私たちは強い心理的影響を受けてしまいますよね。
しかし何かを失ったとしても、なんだかんだでそれを契機に新しいものが手に入るとすれば、そのようなショックとはしばらくの間付き合いつつも、しかし同時に
「意外と何とかなるんじゃないか」
と思えるようになることが重要かなと思っています。
そもそもの話、このように人間関係の縁が変化してしまう時というのは、その動きは客観的・俯瞰的に見るとある意味必然なところがあったりもします。
人によっては、離婚などを突き付けられた際に、
「もしかしたら、あの時〇〇しなければこのような結末にはならなかったのではないか」
とか
「もし今から『やり直そう』と話してうまく話し合うことができれば万事解決するのではないか」
と思うかもしれませんが、残念ながら、遅かれ早かれそのような変化が起こってしまう運命だったという可能性もあったりします。
例えば自分と相手が望む人生の方向性がどこかで完全に変わってしまった場合、上手いことお互いがすり合わせをすることができたら、良い意味でそこから両者の新しい関係が始まるかもしれません。
しかしそのようなことが上手くできるとは限らず、一度強制終了した関係が戻るとか安定するという事はなかなか難しいと考えられます。
このような状況の人の場合には人間関係が元に戻るというのは難しいですし、またそうあるべきではないという状況の場合も多いと考えられます。
したがって、何らかの事情で突然人間関係が強制終了されてしまったとしても、ショックを受けたまま自分を責めすぎないことも重要でしょう。
「意外となんとかなる」
のです。
そして、ちょっと休息をとってショックから立ち直ったら、自分が求める人生の方向性に向かって改めて歩みを続けることが重要になるのかなと思っています。