最近は、片付け習慣というものを意識的に取り入れるようになりました。
家事代行を使ってみた時にも少し感じたことですが、
やはり、片付けの習慣は改めて大事なことではないかと感じています。
というのも、片付け習慣を取り入れるようになってからというもの、
床や机の上を掃除しやすくなった、という実感が出てきているからです。
床の上に物を置かないようになってからはブラーバを起動させることによって簡単に水拭き掃除が可能になりましたし、
机の上に物を置かなくなってからは埃が目につきやすくなったことから気がついた時にさっと一拭きすればすぐに綺麗になります。
これらのことから思ったのは、片付けというのは掃除をするための前提条件であるということです。
考えてみれば当たり前ですが、物がたくさん置いてある状態でまともに掃除を行うのは大変であり、物の位置などをずらしてから拭き掃除などを行うのが基本的な動きになります。
もともとしっかりと片付けを行えているのであれば、「物の位置をずらして作業」という工程がなくなるので、掃除を行うための気合やエネルギーが大幅に削減されます。
理論上は、片付けを習慣づけしていなくても一気に掃除をすることは可能ですが、そのためには思いの外、気合やエネルギーを要するので、大抵の人は年末の大掃除の時期まで結局何もできないという事態に陥りやすいのではないでしょうか。
これはおそらく、「片付けは後でいいや」という先送りの悪習慣が積み重なって年末に大変なことになっているということかもしれません。
このように考えていくと、片付けという一見なんでもないような行為であっても、先送り癖があるのかないのかということも判定可能ですし、その人の人生の行末そのものもなんとなく予想できてしまうということなのかもしれません。
片付けで先送り癖の有無が見えるということは、すなわち、仕事上や他の日常的な行為においても先送り癖がある可能性があるので、仕事のパフォーマンスにも影響があるのだと思います。
どの家庭でも「お片付けをちゃんとしなさい」というようなしつけはされていると思いますが、「なぜ片付けをしなければいけないのか」という点についてはあまりちゃんと伝えられていない家庭が多いと思います。
その結果、「多分(そこまでいうのだから)片付けをしたほうがいいのかもしれない」と漠然と思っていても、結局やる意味がわかるようでいまいちわからないのでほとんどの人はできなくなってしまうのかもしれません。
また、片付けをどのような視点で、あるいはどのような段取りで行うべきか、ということは私自身も家庭において教わった記憶がなく、最近になって真剣に考え始めたため、
片付け習慣がつくまでは、そもそも「片付けって結局何するの?」という点が分かっていなかったように思います。
この辺りもしっかりと学習をしないと身につかないと思われるので、一口に片付けといっても、案外求められている学習過程は高度なのかもしれません。