一般的に、権威を持つことができるようになるだとか、権力が欲しいだとか、有名になりたいと漠然と考える人は多いように思います。
しかし、今の時代だと「敢えて、有名にはならない」と決めてしまうのも良いのではないか、と考えています。
というのも、有名な人になってしまうと、どうしても、その人の過去などを掘り下げることが可能になりますし、実際に掘り下げられてしまう可能性があります。
特にインターネットが発達したことによってこの動きは顕著になりました。
そして、ツギハギの情報をもって、「この人は一貫性がない」と批判される可能性があります。
実際には、このように変化の激しい時代において、前提条件は刻一刻と変わっていくのが当たり前だと思っているので、前提条件が変わってしまった場合は新しい考え方をインストールするのが当然だと私は考えています。
したがって、結論部分だけを見たら内容が異なっているということは状況としては十分にありうると考えています。
しかし、初見の人はそのような文脈が分からないので、適切ではない批判をすることがありうるわけですね。
そして、それに対する反論は可能なのでしょうが、そのコストは高いです。
一般的に、デマが拡散すると、デマを訂正させるための情報も流れますが、後者はなかなか拡散されないのが現実のようです。
そのように考えると、反論してもとの状態に戻すためのコストは高すぎるから、それを行う事はあまり期待はできないし、徒労に終わると考えた方が良いと思っています。
近年のインターネットの動きを見ていても、特にSNS上で感じることとして、
インフルエンサーと呼ばれる人たちがどんどんクローズドな動きをしています。
例えば、twitterなどで鍵アカウントになっていたりだとかしている人もいます。
これには様々な事情があるのでしょうが、やはり、拡散されすぎない、有名にならない方がメリットがあり、限られた人間関係の中で自分の世界を完結させたいということに対する需要があるのだと思われます。
そのように考えていくと、特に最近、ネット上で飛躍した後で、本名を出す形で活躍することを意図する人たちも増えてきましたが、
本名を出す形で有名になろうとすることには一定のリスクがあるのではないか、と考えています。
これは不動産投資や、株式の一点集中投資と似たようなもので、流れに乗ったり、勢いに乗っていたりするとかなり良い結果をもたらしてくれるのですが、
しかし、その流れが逆回転することがあり、いわゆる負のレバレッジ効果で一気に名声が地に落ちてしまうリスクを伴う物です。
最近の例で行くと、オリンピック関係での過去の不祥事を掘り返されて云々という話もあったようですが、本名を使いすぎるとそのように足下をすくわれる可能性もある物です。
そのような意味で、本名を用いて活動をすることは強いレバレッジ効果があり、爆発的な良い結果をもたらしてくれる可能性はあるものの、その分リスクを伴う物であると認識しておいた方が良いと思われます。
やるとしても上手いタイミングで「利確」できるように予め準備しておきたいところです。
そして、例によって私はチキンな性格をしているので、リスク許容度を超える形でのリスクはとらないような投資活動を心がけたいと考えています。
そして、今はそのリスク許容度がまだ高くない状態だと考えているので、リスクが顕在化したときのことを警戒せざるを得ません。
したがって、下手に本名を用いた活動はしたくはないですし、
無名なままで自由を謳歌する方向で行くのが無難なのだろうなと考えています。
もちろん、特別扱いされたいと考えたり、自己顕示欲が湧き上がってくる感覚を覚えたりすることは私にもあるものの、それは有名になるという形でしか欲が解消されないのかと言われれば、いや、そんなことはないだろうと感じるのです。
やはり、そもそも何故そのような欲が自分の内側から湧いてきてしまうのだろうか、と落ち着いて考えてみて、より適切な解消方法を考えてみるのが良いのかなと思っています。
例えば、友達と久々に遊んでみることで、そのような欲があっさりと消えてしまったり、忘れてしまったりすることもあるのではないか、と思うのです。
そういう意味でも、普段から自分にとって気の置けない友達関係は大切にしたいとも考えるところですね。
このような考え方は、ある種、当たり前と言えば当たり前ですし、目立った考え方でもないですし、ひたすらに
「地味な生き方」
なものではあるのですが、
「地味」だからこそ、大切にした方が良いことというのも世の中にはたくさんあると思っています。
地味な努力、地味な練習、地味な勉強、地道な●●。。。。。。。
野球で言うところの、ひたすら素振りを続けるような物です。
正直、端から見てても、つまらないので誰も見ようともしないでしょう。
しかし、このような地味な活動の積み重ねこそがローリスクローリターンの形で堅実な成果や本当の幸福をもたらしてくれるという面もあります。
金融商品のみならず、人生においてもリスク許容度の範囲内で適切な投資活動を心がけたいですね。