かつて「社会資本」とは、人間が他者との信頼関係やネットワークの中で形成してきた不可視の資源を指していました。家族や地域、職場、教育機関など、共通の価値観や経験を通じて培われるつながりが、個人に安心感や機会を与えるものであり、それは資本と呼ばれるに足る力を持っていました。
しかし、AIが急速に社会構造を変容させる現代において、「人間との関わりからしか得られない」という社会資本の前提が揺らいでいます。従来の“人とのつながり”に依拠した社会資本は、果たしてAI社会においても依然として有効な通貨であり続けるのでしょうか。
社会資本とは何だったのか
社会資本という言葉は、経済資本や人的資本とは異なり、信頼や互恵性、社会的ネットワークの厚みなど、非貨幣的な価値を基盤とするものです。人間関係を通じて生まれる“信用”は、金銭的報酬以上の安心感や次の機会をもたらすものであり、特に日本社会においては、職場内の人間関係や取引先との長年の信頼に基づいた関係性が、極めて重要視されてきました。
このような社会資本は、ゆっくりと時間をかけて形成されるものです。雑談、同僚とのランチ、親戚付き合い、祭りなど、形式的には非生産的な活動が、じつは最も大きな“社会的な富”を蓄積する場になっていたのです。
AIの出現が破壊する「信頼のコスト構造」
ところが、AIはこの「信頼の形成に時間がかかる」という構造を根本から変えてしまいます。AIを用いたスコアリングやレコメンド、対話エンジンは、過去の会話履歴、行動履歴、選好情報を瞬時に読み取り、極めて精緻なコミュニケーションや提案を人間に提供することが可能となりました。
たとえば、企業においては、信頼に基づく業者選定よりも、AIによる履歴評価やコスト最適化アルゴリズムによる選定の方が、合理性と成果を生む可能性が高くなってきています。顧客との長年の関係ではなく、データベースにある他社比較やレビューの点数が、優先される傾向が強まっているのです。
この変化は、個人にも波及しています。人間関係を構築すること自体がコストとみなされ、SNS上での“表層的つながり”や、AIによる話し相手によって、孤独や情報不足を解消しようとする動きが広がりつつあります。
AIと「信用の代理機能」の台頭
さらに深刻なのは、AIが「信用の代理機能」を果たし始めている点です。たとえば、信頼できる人物からの紹介や推薦がかつての社会資本の大きな一部でしたが、今やLinkedInやAIによるスキルマッチングが代替可能となっており、属人的な推薦の価値が希薄になりつつあります。
AIによる分析は、感情に左右されず、過去の履歴を冷静に評価します。人間の推薦が時に情に流されるのに対し、AIの判断には一貫性とスケーラビリティがあります。それは信頼関係という“長い投資”の不要化を意味します。言い換えれば、社会資本を積み上げるよりも、デジタル履歴を管理し、適切なアルゴリズムに載せるほうが効率的であるという世界が広がり始めているのです。
社会資本に依存した生存戦略の危うさ
このような環境において、「人との関係を大事にしていれば、いつか助けてもらえる」「信頼されていれば、必ず道は開ける」といった従来の価値観が、必ずしも通用しなくなってきました。とりわけ、職場や地域において“信用を蓄積すること”を前提とした生存戦略は、リスクを伴います。関係が断たれた瞬間、それまでの蓄積がゼロになってしまうからです。
一方、AIに適応して「可視化される履歴」「定量評価されるスキル」「発信力」などを資本として持つ人は、関係性に依存せずとも生存や成長の可能性を確保できます。社会資本がもはや“見えない通貨”ではなく、“計測されるリソース”に転換していることを意味しています。
社会資本の“再定義”に向けて
こうした変化の中で、求められているのは「社会資本の再定義」です。それは、人間同士のつながりを完全に否定することではなく、信頼やネットワークを、AIと共存する形でどう再構築するかという視点です。
たとえば、「人間らしさ」や「偶発性」こそが、AIには模倣できない価値として社会資本の一部になるかもしれません。形式的な付き合いや根回しが通用しなくなった世界では、むしろ“誠実さ”や“弱さを見せられる関係性”こそが差別化要素になるのです。
また、AI時代の社会資本は「相互扶助のプラットフォーム」のようなものに変容する可能性もあります。クラウドファンディング、ピアレビュー、分散型ガバナンスなど、“匿名かつ分散的な信頼”が機能する世界において、個人の信用力もまた、デジタルに拡張された形で構築されていくのです。
導かれる人生の教訓:誰ともつながらずに生きることはできない、だが「つながりの形」は選べる
AI時代においても、人は依然として孤立には耐えられません。信頼されたい、共感されたい、認められたいという欲求は変わらず存在します。ただし、その欲求を満たす“道筋”は、かつてとはまったく異なるものとなりました。
もはや「関係を深めれば未来が開ける」という単線的な物語だけでは、不十分です。私たちは、自らの社会資本のあり方を見直し、時に更新し、時に捨てるという判断力を求められています。今、つながっている人々との関係は「生きるために必要なもの」なのか、それとも「過去の物語にすがっているだけなのか」を問う必要があるのです。
選ぶべきは、“ただ人とつながること”ではなく、“自分が何を支え、何に支えられているか”を意識した関係性です。その意識を持つことが、AI社会における本当の「人間らしさ」であり、適応の第一歩となるでしょう。