「他人に親切にしておくと、それが巡り巡って返ってくる」
といったタイプの言説を聞いたことがありませんか?
このような話を聞いた場合の反応は十人十色。
「その通りだ!これからは積極的に他人に親切にしよう!」
と素直に受け取る人もいるでしょうし、
「いやいや、巡り巡って、っていうけれどそんなの根拠ないよね?もちろん、恩を返してくれる人もいるかもしれないけれど、返してくれない人も当然いるよね?」
と感じて素直に受け取れない人もいることでしょう。
他人にどのような形で親切にするのかにもよりますが、
「そもそも、恩が返ってくるとは限らないのだから、コスパを考えると、他人にいちいち親切になどしたくはない」
と考える、いわゆる利己的といいますか、他人に親切にするような余裕のない人も中に入ることでしょう。
とはいえ、そのようなことを考えたことがある人にも一度考えてみて欲しいのは、
そもそも、
恩が返ってきた or 恩が返ってこなかったという認定をいつの時点で考えているのか?
ということです。
例えば、あなたが
「今、他人に親切にしてあげた」
と主観的に感じたのが、2023年10月21日、すなわち、本日であるとして、
恩が返ってきた or 恩が返ってこなかったという認定をいつの時点で考えるのか?
ということです。
せっかちな人になると、
「あれから一か月も経ったのに、何も返してくれない!」
と感じる人もいるでしょう。
認定のタイミングが一か月後というわけです。
これが3年後などに設定されると、
普段から接点のある人の場合、
「仕事を手伝ってくれるようになった」
「何かと気を聞かせてくれるようになった」
といった形で、何かが返ってきていることもあります。
このように、善意の行動や親切は、瞬間的な見返りだけでなく、将来の長期的な結果にも影響を与えることがあります。
たとえば、あなたが他人を助けた結果、その人が成功し、数十年後にあなたにとって価値のある支援を提供する可能性があるでしょう。
そして、それは例えば、
50年後
という場合もあり得るのです。
「えっ、長すぎでしょ」
と感じるかもしれません。
しかし、これは、長い間連絡を取り合わずに日常的な接点がない関係の場合には十分に起こりえることです。
あなたにも、普段は関わっていないが、最悪連絡が取れる相手がいるのではないでしょうか?
そのような相手の場合、これほどの月日を経てから恩が返ってくる場合もあるのです。
ここまでくると、
目線がかなり長期的になるので、「他人に親切にしてあげた」と主観的になっているタイミングでは、
「まあ、50年後とかに返ってくるかもしれないか」
と考えていることになるので、
結果的に、
「短期的な見返りは求めない」
という行動になるのですね。
「人に親切にする際には見返りを求めない方が良い」
「親切にしたことはもう忘れろ」
という言説もあると思いますが、
これは、現実的な話として、
他人に売った恩があなたに返ってくるのは50年後のこともある
ためであると考えることができます。
人間はどうしても短期的な報酬を求めがちですが、
むしろ、長期間返ってこなかった恩の方が質的に良い場合もあるのです。
特に、親切にしていた相手がいつの間にか凡人から成功者になっている場合、
「成功者になる前からお世話になった人」
と感じてもらいやすくなるため、
勝手にその人の中であなたに対する評価も上がりやすく、返ってくる恩の質も高い可能性があります。
いわゆる利己的な人は、どうしても、
「そもそも、恩が返ってくるとは限らないのだから、コスパを考えると、他人にいちいち親切になどしたくはない」
という発想が頭の中にチラついてしまうかもしれません。
しかし、
他人に売った恩があなたに返ってくるのは50年後のこともある
といった長期的な目線を持てるようになるともっとこの手の言説に対して柔軟な考え方ができるかもしれません。