~制度が生み出す「見えない格差」と、若者の未来への視座~
終活とは、一般的に、人生の終焉に向けて、身辺整理や財産整理などを行う活動を指します。
多くの人にとって、終活は老後に意識するものであり、若いうちから積極的に取り組むものではないでしょう。
しかし、特定の条件下にある若者にとっては、この「終活」が、現実的かつ強制的な課題となる場合があります。それが、「財産債務調書制度」の対象者です。
この制度は、富裕層に対する適正な課税を目的として導入されたものですが、対象となる若者は、年齢的にはまだ「終活」とは縁遠いにもかかわらず、事実上、自身の「将来的な死」と「相続税」を意識せざるを得なくなります。
つまり、他の若者とは異なる時間軸で、人生と向き合うことを余儀なくされるのです。
1. 財産債務調書制度とは?:若者にも適用される、その要件
財産債務調書制度とは、一定以上の財産や債務を持つ「個人」に対して、その詳細を記載した「財産債務調書」の税務署への提出を義務付ける制度です。
これは、富裕層の資産状況を正確に把握し、相続税や贈与税の申告漏れを防ぎ、課税の適正化を図ることを目的としています。
提出義務があるのは、その年の12月31日において、10億円の財産を有する者か、以下の両方の要件を満たす人です。
- 財産要件: その年の12月31日において、その価額の合計額が3億円以上の財産又はその価額の合計額が1億円以上の国外転出特例対象財産を有すること。
- 所得要件: その年分の所得税及び復興特別所得税に係る各種所得金額の合計額(退職所得金額を除く)が2,000万円を超えること。
ここで重要なのは、この制度には年齢制限がないということです。
つまり、上記の要件を満たせば、20代、30代の若者であっても、財産債務調書の提出義務が生じるのです。
特に、親族からの相続や贈与によって多額の財産を保有する若者や、若くして起業で成功し、所得が2000万円を超える若者などが対象となるケースが考えられます。
2. 早すぎる終活の強制:若者が直面する「死」と「税」
財産債務調書制度の対象となった若者は、自身の財産状況を詳細に把握し、書類を作成・提出する義務を負います。
この過程で、彼らは否応なく、以下のような現実と向き合うことになります。
- 自身の財産の全貌: 預貯金、不動産、株式、投資信託など、自身が保有する全ての財産を洗い出し、その価額を算出する必要があります。
- 将来の相続税の試算: 現在の財産状況に基づき、将来的に発生するであろう相続税額を、ある程度試算することができます。
- 「死」の現実: 相続税は、自分が死亡した際に発生する税金です。財産債務調書の作成を通じて、彼らは、自身の「死」と、その後に残される家族への影響を、具体的に意識せざるを得なくなります。
通常の若者であれば、まだ「死」や「相続」は遠い未来の話であり、現実味を帯びていません。
しかし、財産債務調書制度の対象となった若者は、強制的に「早すぎる終活」を迫られ、「将来自分が死亡したら、相続人はこのくらいの相続税を支払うことになる」という現実を突きつけられるのです。
3. 異質な若者の誕生:長期的な視座と、深まる格差
このように、若くして「死」と「税」を意識せざるを得ない状況は、彼らの人生設計や価値観に、大きな影響を与える可能性があります。
例えば、以下のような変化が考えられます。
- 長期的な視点の獲得: 他の若者が目先の目標や日々の生活に意識を向けている一方で、彼らは、自身の「死」という遠い未来を見据え、長期的な視点で物事を考えるようになります。例えば、相続税対策として、生前贈与や資産運用について、若いうちから真剣に検討し始めるかもしれません。
- 資産管理への意識向上: 財産債務調書の作成を通じて、自身の財産状況を詳細に把握することで、資産管理への意識が高まります。他の若者よりも早くから、投資や節税に関する知識を積極的に学び、実践するようになるでしょう。
- 責任感の増大: 多額の財産を保有し、将来的に相続税の納税義務を負うことになるという自覚は、彼らに、他の若者にはない、強い責任感をもたらす可能性があります。社会貢献や次世代への継承といった、より大きな視座で物事を考えるようになるかもしれません。
これらの変化は、彼らを、同年代の若者とは異なる、いわば「異質な存在」へと変容させる可能性があります。
そして、この「異質さ」は、他の若者との間に、さらなる格差を生み出す要因にもなり得るのです。
4. 具体例:若き起業家と財産債務調書
例えば、20代で起業し、事業を成功させて多額の資産と収入を得た若者を考えてみましょう。
彼は、財産債務調書制度の対象となり、毎年、自身の財産状況を税務署に報告しなければなりません。
同年代の友人たちが、仕事や日々の生活に追われている中、彼は、税理士と相談しながら、相続税対策について頭を悩ませることになります。
「どのように資産を運用すれば、将来の相続税負担を軽減できるか」
「どのような形で資産を次世代に承継するのが最適か」
といった、他の若者には縁遠い課題に、若くして向き合うことになるのです。
このような経験は、彼の人生観や価値観に大きな影響を与え、同年代の友人たちとは異なる、独自の道を歩むことになるでしょう。
彼は、他の若者よりも早くから、長期的な視点で物事を考え、資産管理や社会貢献について、真剣に取り組むようになるかもしれません。
5. 結論:制度が生み出す「見えない格差」
財産債務調書制度は、富裕層に対する適正な課税を実現するための重要な制度です。
しかし、その一方で、一部の若者に「早すぎる終活」を強いることで、彼らを他の若者とは異なる視座を得た「異質な存在」へと変容させ、結果的に、新たな「見えない格差」を生み出している可能性も否定できません。