いつの時もそうかもしれませんが、
若くして成功した人
というのは非常に強い羨望のまなざしを向けられます。
正直、私自身も、同年代の人や自分よりも特に若い人がイケイケで物事を進めているのを目撃すると、
「いいな」
と羨ましい気持ちになる時もありますし、
「あのぐらい成功するとどのぐらいいい感じなのだろうか」
とあれこれ想像を巡らせることも正直あります。
しかし、そのような光景がいつまでも続くとは限りません。
一度若くして成功した人が後から失脚してしまう
という場面も実はチラホラ見かけます。
それは、
「本人が調子に乗りすぎて失言した」
というのもありますし、
「周りからいつの間にか恨まれていた」
というのもありますし、
「財産を持ちすぎて財産狙いの人に狙われた」
というのもありますし、
「上手くいっていたころには誰も問題としなかったような脇の甘さが出てしまった」
といったパターンなどいろいろあるようです。
特に、
「上手くいっていたころは何の問題ともされていなかったことが後から掘り返される」
といったパターンはよく見かけますね。
調子のよい時には、人が勝手に群がってきて、勝手にチヤホヤしてくれるので、
「実は、問題がたくさんあるはずなのにそれに全く気づけないままつき進んでしまう」
といった状態になることもあるようです。
何かが上手くいっていると明らかな欠点があっても皆が目をつぶっていてくれる、ということはよくあるみたいです。
このような事例を見るたびに、
若くして急速に上手くいってしまう、成功してしまうことにはデメリットも存在する
と私は考えるようになりました。
むしろ、
「なかなか上手くいかないな」
とか
「どうしてこんなにうまくいかないのだろうか。困ったなあ」
といった状態に陥っている人の方が、
改善しなければいけない点をたくさん探す(探さなければならない)羽目になるので、
その分、脇の甘さが減るようです。
そして、そもそもそこまで成功していないという状態は、人から羨ましがられることもなければ、恨みを買う可能性も低いと言えるでしょう。
財産を持っていなければ財産狙いの人が寄ってくるということもそもそも少なくなります。
このように、苦しみの時期が長い人ほど、
「本人が調子に乗りすぎて失言した」
「周りからいつの間にか恨まれていた」
「財産を持ちすぎて財産狙いの人に狙われた」
「上手くいっていたころには誰も問題としなかったような脇の甘さが出てしまった」
といった状態を回避するために慎重になるだけの時間を確保することも可能になります。
そう考えると、
とんとん拍子に上手くいきすぎるのも問題でありますし、
長い時間をかけて、少しずつ問題や障害などをコツコツと改善し、無名のままに人生を謳歌するというのも良い生き方なのかもしれません。
若くして急速に上手くいってしまう、成功してしまうことにはデメリットも存在する
のですね。