世の中には時間術とか、時間管理というもののノウハウが流行っています。
代表的な時間術というのは、
スキマ時間を有効活用しよう!
というものになります。よく聞きますよね?
これは思えば、私が小学生の頃からよく見ていた記憶があります。
具体的には、
「家に帰ってから、再び外出する間の15分で勉強をちょっと頑張りましょう」
とか、
「電車に乗っている20分の間に英単語を覚えましょう」
とか、
「バスを待っている間に、日記を書きましょう」
とかそういう感じのアレです。
これは要するに、
何とかして確保した自分のための時間を有効活用しないといけないよ!
ということを言っています。
極めて正論かと思います。
しかし、そもそもスキマ時間を活用するのって大変ですよね???
スキマ時間ができたら、
私の場合、「ぶっちゃけ休みたい・・・・・・」
と思います。
意識高く何かやるためには気力が必要ですが、そもそも運良くスキマ時間ができたとしてもそのような時間を活用するための気力がもう既に残っていないのではないでしょうか?
多分、仕事の合間に何かをするというシチュエーションにおいてこれは典型的ですが、仕事に対してめっちゃくちゃ気力を使って、さて、15分のスキマ時間が空いたとなっても、そこから、すぐに自分のやるべき事や勉強のために意識を切り替えないといけないわけですよね?
しかも、15分間勉強した後には、再び、「また仕事に集中しなきゃ!!!!」と再び気力を仕事に振り向けなくてはいけないのです。
これは、例えば、エアコンの電源を切ったり付けたりを繰り返した方が継続的に電源を付けるよりも一気に電力を使う必要があるのと似たような話だと思います。
同じような要領で一日に何回もスキマ時間のたびに意識高いことをしようとして、意識の切り替え作業を繰り返していると、この切り替え作業だけでがっつりと消耗していきます。
そして、そのうち、気力を失って、スキマ時間の有効活用すら全くできなくなってしまうのです。
したがって、スキマ時間の有効活用をするための切り替え作業の回数自体をどうすれば減らすことができるのか、という問題が生じます。
この直接的な解決策は、
そもそもスキマ時間を一日に大量に作るのではなく、まとまった自分の時間をたくさん確保することができないだろうか、という問題を真剣に考えることになります。
これは、例えば、スケジュール調整などにも使えると思います。
具体的には、一日において、東京駅での会食2時間、新橋駅での会食2時間を確保しなければいけない状況に陥ったとします。
これにおいて、一番効率的なのは、連続でスケジュールを組み、たとえば、10時から12時までを東京駅での会食時間、移動時間を15分で済ますと仮定して、12時15分から14時15分に新橋駅で会食をすることです。
こうすれば、移動時間の15分を純粋な休み、休憩に使うことができます。
逆にやらない方が良いのは、10時から12時まで東京駅での会食2時間、13時から新橋駅での会食2時間を設定し、無駄にスケジュール間の時間を空けることです。
楽な仕事だったら問題は無いのですが、次の会食があるまでの時間、「次の会食も頑張らないといけないな」などと考えて無駄に緊張感が高まりますし、勉強しようにも、次の会食のことを気にしてしまってそわそわしてしまい、集中できません。
集中できない時間を勉強時間とかに充てたところで当たり前ですが効率が落ちますので、むしろやらないほうがいいという可能性もあります。
時間単位の発想で行けばこのような話になりますが、日単位の話もあります。
例えば、1月1日から1月3日までアメリカに行かないといけないが、1月4日には中国に行かないといけない、しかし、1月5日には再びアメリカに行かないといけないというようなスケジュールをそもそも組んでしまうと、往復の移動時間が大変なことになります。フライトは地味に時間もかかりますし疲れるのでかなり消耗するでしょう。集中して勉強するどころの話ではありません。どうにかしてアメリカに行かなくてはいけない2回の用事を一つの期間にまとめる必要があります。
また、働き方の話にも通じるでしょう。1日5時間を勤め先に必ず出勤して週5日間働くよりも、1日13時間ちょいを勤め先に出勤して週2日だけ働く方が合っているという人もいると思います。これも移動時間の回数が前者の方が多いため、前者の方が合計労働時間が多少少ないとしても勤めるに当たっての「見えないコスト」が多いためです。
これをもっと時間軸を広げて考えると、そもそも人生の中でもできる限り生活のための労働にいそしむ時間もまとめてしまうことが重要ではないでしょうか。
私の場合、社会人になってからは「激務と悪名高いが、それなりに高給がもらえる職」に最初につくことにしました。
人によっては、「9時5時で帰ることのできるホワイト大企業に最初から勤めたいな」と考えるところですが、
私の場合は、経済的自由をできるだけ早く、若い内に達成したいという思いからいまの職場を選んでいます。
経済的自由を達成してしまうことは、そこから先は、究極的には働く必要が無いわけで、「いつでも無職になれる権利」として、いつでも自分にとってのまとまった時間を確保することが可能になります。
そうすると、下手にホワイト企業に勤めた人よりも時間が細切れ化されておらず、自由に使えるまとまった時間が大幅に増えます。
ホワイト企業に勤めた場合、確かに、9時5時で勤め先からの拘束から離れることは可能なのですが、逆に言えば、それ以上の拘束からの解放は期待できません。
この場合、最大でも月曜日午後5時から次の日の朝9時までしか自由時間が無いわけです。
もちろん、しっかりと有給休暇を取るという方法もありますが、それでも限度があるわけです。
例えば、2年間ぐらい海外へ留学に行きたいなと思って実際に行ける職場というのはかなり少数のはずです。
しかも、嫌な話ですが、最近の日本企業は終身雇用というのを放棄せざるを得ない状況になっているため、ホワイト企業に入社できたとしても、45歳ぐらいで突然裏切られるという可能性は考えておく必要があるわけです。
しかも、いわゆる高給激務からホワイト企業に転職でいくことは比較的簡単ですが、逆は気力的にもキャリア的にも難しいことが多いです。
本気を出せば可能なのでしょうが、結構キツいと思います。
しかも、体力があるのは基本的に若い時期だけなのですから、激務を経験することができるのも事実上若い内だけです。
私としては、若い内に激務だろうが何だろうが、最速で経済的自由を達成してしまってからホワイト企業への転職を検討するので十分だと考えています。その方が確実な自由が手に入ります。
もちろん、FIREするという選択肢もあり得ます。
別にこの話は、「というわけで若い人は激務の職場に行きましょう」と言っているわけではありません。
人生全体を俯瞰して見た場合に、最も最適な戦略をとっているのか考えた方が良いのではないでしょうか、という問題提起です。
上記のように、私は、まとまった自分の時間を手に入れるためにも経済的自由を達成することは大きな意義を持っていると考えています。
スキマ時間を有効活用するという目の前のことを見ることも重要ですが、もっと大局的な視点を持ったほうがより適切な時間管理ができるのではないでしょうか。