「若いうちの苦労は買ってでもしろ」
と言われることがあります。
この場合の苦労というのは色んな場合があると思われますし、
「俺が苦労したのだからお前もやれ。そうでなければ俺の気が済まない。」
と言わんばかりの年長者によるただの苦労の押し付けの場合もあれば、
完全に善意からのアドバイスの場合もあり得るでしょう。
しかし、もし「欲しい結果」があるのであればそれは早めに苦労してでもゲットしにいくというのは個人的には大事なことだと考えています。
そして、この
「欲しい結果」
が非常に希少で、獲得のために多大な苦労を伴う物であって、かつ時間がかかるものであればあるほど、
その結果の価値は非常に高いものとなるでしょう。
例えば、その
「欲しい結果」
が
高収入
だった場合、
高収入を得られるだけの自分の能力やスキル、商品開発などに非常に時間がかかります。
もしかしたら、高収入を特定の勤め先で手に入れるためには前提としての高学歴が要求されるかもしれません。
高学歴という長い時間をかけないと作れない物を前提・構成要素として、
その人の労働力を労働力商品として高収入を得られる勤め先に対して自らを売却するということを行っている人は大勢います。
勤め先から収入を得るためには労働力商品の売却を成功させることが必要であって、
それができて初めて
ある程度の高収入
という「欲しい結果」を得ることができる、
ということがあります。
この場合の「欲しい結果」に対してやるべきことは、
勉強を頑張ることであったり、
面倒でも就活を頑張ることになりそうですね。
このような苦労を早めに買うことができる人というのは、「欲しい結果」をより早い段階で手に入れることができるわけです。
もちろん、苦労をしている間というのは苦しいです。
特に何も結果が出なくとも頑張るしかありません。
しかし、この苦労こそが「仕込み」の時期となり、
結果的に成果を上げることになるのです。
そして、
この「欲しい結果」の中身について、
より高い目標を掲げている人というのは、
若いうち、例えば20代においては
「今は仕込みの時期である」
と割り切っています。
すなわち、人生全体で見た場合に、
自分という資本を最大化させるために、20代は「仕込み」の時期として「欲しい結果」のために努力を重ねているということになります。
実際のところ、
「仕込み」の時期には特に面白いことはないかもしれません。
「仕込み」の時期には目に見える成果が特に出ないかもしれません。
「仕込み」の時期には苦労ばかりすることになり苦しい思いをするかもしれません。
しかし、それは後において何らかの形で報われることでしょう。
何故ならば、その「仕込み」は「欲しい結果」のために必要な努力だからです。
適切なタイミングで「仕込み」を行うことができれば、
未来の自分がきっと喜んでくれるでしょう。